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少年の主張 平成29年度全道大会 〜支える側の配慮〜 No.2

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認知症の方もなりたくて認知症になったわけではない。
私自身(発表者)、高齢者の方との交流を通し、その痛みを目の当たりにした経験がある。中学2年の冬、町の介護施設へボランティアに行った時のことだった。
お婆ちゃんは認知症で、うまく言葉を発することが出来なかった。何度も話しかけても返答は無かった。少し寂しい気持ちになっていた。
しかし、おばあちゃんを車椅子に乗せ、散歩に行ったときのこと、お婆ちゃんが手招きした。
「どうしたの?」私は目線を合わせた。
するとお婆ちゃんは、私の手のひらに何かを乗せようとした。けれどそこには何も無く、私はそれが何を意味しているのかが分からなかった。
しかし後になり、お婆ちゃんは私に「ありがとう」とお駄賃をあげようとしていたと知った。
その時私は「どうして気づいてあげられなかったのだろう。」と自己嫌悪を感じると同時に、自分の思いを相手に伝えることのできない認知症の痛みを痛感した。
しかし世間では介護職員による傷害事件や数値化された見かけだけの利用者状況ばかりが問題視されている。
けれどそれでは、この国の介護施策は何も良くならない。私はこんな辛い状況を変える必要があると思う。

つづく
札幌の税理士 西村俊二

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